水ようかん

2003/07/30

今の家へ引っ越してきてから、ご近所付き合いを少しするようになった。顔をあわせたら挨拶をするのは当然のことだが、たまに実家から送ってきたお菓子をおすそ分けしたり、庭でとれた野菜をおすそ分けしたり。同様にお隣サンもどこかへ行った際にお土産を買ってきてくださったり、何かとおすそ分けしてくださる。回覧板を届けた際には立ち話をしたりもする。こういう過剰すぎず、かと言って淡白でもない適度な距離感のあるお付き合いが私は好きだったりする。


今回、そのお隣りサンから京都のお土産をいただいた。冷蔵庫に入れて早めにどうぞ、とのこと。京都のお菓子。これはなにやら美味しそうな雰囲気である。
が、しかし。
冷蔵庫へいれるときによく見ると、それはなんと水ようかんであった。実は私は餡子が嫌いである。同様に羊羹と名のつくモノもかなり嫌いである。色も食感も臭いもトータル的に嫌いなのだから仕方がない。遠い昔、お茶のお稽古に通っていた頃、お茶うけのお菓子に餡子モノが多くて悲しかった思い出がある。幼稚園ではお汁粉がとてつもなくまずかった。数年前、温泉へ行った際に温泉饅頭にチャレンジしたが、皮を食べる間に餡子のにおいにクラクラし、中心の黒い餡が見えた瞬間から食べられなくなったこともあった。
そんな私なのに水ようかんである。賞味期限は今日を含めて5日間。ピンチかもしれない。


しかしよく見るとなんとなくそれは見覚えのあるもの。そうだ、この間テレビで見たアレだ。面白い番組がなくてチャンネルをあちこち移動していたとき、たまたま女優の叶和貴子さんが「祇園に来たときには必ず買う」「夏しか売っていない」と話していたあの水ようかんだ。あのとき、叶サンはすごくすごく美味しそうにその水ようかんを食べていた。竹筒からツルッと中身を出して笑顔で食べていた。京都の老舗のお店だった。あのとき、それが私の嫌いなようかんなのに「食べてみたいな」とつい思ってしまったあの水ようかんだ。


それは「鍵善良房」というお店のものだ。こちらのお店はとても歴史のあるお店でくずきりが有名なようだ。今回の水ようかんは「甘露竹」という名で、小さな竹筒に入っており、笹の葉で封がしてある。一緒に入っている錐で、竹の節の部分にプスッと穴をあけると、そこから空気が入って中身が出てくる仕組みだ。 ところで我が家は二人家族である。5つ入りのお菓子は二人で2度食べると1個余る。というわけで、フライングしてひとつ食べてみることにした。普段、私は決してひとりで何かを食べてみるコトはしない(先日の納豆は別だが)。いただきものは夫と一緒に開封する。夕食は必ず夫が帰ってくるまで待つ。だが今回は覚悟を決めてのフライングだ。それほどまでにこの水ようかんには心惹かれてしまったのである。


冷蔵庫でほどよく冷えた竹筒は、表面にうっすら汗をかき始めている。竹の香りがひどくさわやかだ。笹の葉をはずし、ちょっと振ってみる。中身はびくともしない。後ろ側のフシの真ん中に錐で小さな穴をあける。穴を開けたとたん、さっきまでびくともしなかった中のモノがスルリと出てくるのがなんとも快感。表面がツルツルとして光っている。なんとも涼しげである。ようじで少し端っこを切って口にはこんでみる。美味しい。ショックだ。
それは私の記憶の中の「羊羹」とはなんだか違う食べ物のように感じだ。ほんのり香る竹の香り、ひんやりとした涼感、ツルリと舌の上をすべりあっという間に嚥み下す。ようかんが美味しいと、この年にして初めて感じた一瞬だった。


思えば最近食べられるようになったものがいろいろある。まずはお正月のかずのこ。少し前まであれが好きになれなかった。乾物クサイ臭いもプチプチした食感も。それから中華のゴマ団子。あれも中の餡が嫌いで食べれなかったのだが、この間思い切って食べてみたら黒ゴマの香りがするなめらかな餡が意外に美味しかった。それからうなぎもここ何年かで食べられるようになり、最近は美味しいと思うようになった食べ物のひとつだ。昔はあの臭いがたまらなく嫌いだったのに。年とともに味覚は変わるらしいが、それで昔は苦手だったものが食べられるようになったのか。かと言って今まで好きだったものは相変わらず好きである。でも嫌いなものを克服する、しかもなんの苦労もなく克服するというのは嬉しいものだ。


永いあいだ嫌いなものリストのトップ1であった餡子モノの代表格「水ようかん」を美味しいと感じたことは、私にとってかなりの収穫であると同時に、なぜあんなに食べてみたいと感じたのか非常に不思議である。水ようかんは食べられたが今のところ鍵善良房の甘露竹だけである。他を食べてみようとは思わないし、饅頭やおはぎにチャレンジしようという気持ちもまったくない。が、鍵善良房の甘露竹は美味しい、これは紛れもない事実であり、私の味の記憶にしっかり刻まれてしまった。恐るべし京都の歴史が育んだ日本のお菓子。恐るべし鍵善良房。祇園へ行った際には絶対寄ってやる、そう心に誓う私であった。